職人ってすごい!知らなかった夫の顔
-名古屋仏壇 伝統工芸士 中澤幸広-
「俺、今度、伝統工芸士*1試験受けるから」
夫からの突然の宣言。え?伝統工芸士!?
よく頭や腕などに細かい金箔のかけらをつけて帰宅するので、「なんでそんなに金箔まみれになるの」と私が問うても「金箔が舞うから」としか言ってくれないほどに口下手な夫。そんな夫はこの道40年の名古屋仏壇の職人で、「加飾(金箔の箔押しや金具の取り付け)」「仕組み(仏壇の組み立て)」を担当しています。名古屋仏壇は、木地をつくる職人、宮殿(くうでん)の屋根をつくる職人、彫刻師、蒔絵師など「八職」と呼ばれる8種の職人の分業制で、夫もその中のひとり。調べてみると、認定されている名古屋仏壇の伝統工芸士は、2019年の時点でわずか15名しかいません。その伝統工芸士の認定試験を受けるというので驚きです。
思えば夫の仕事内容についてあまり知らなかったと気づいた私はこの機会に、名古屋のまちに少なからぬ縁のある夫の仕事に目を向けてみることにしました。実際にどんなふうに夫が仕事をしているのか知るために、勤務先の「稲葉仏壇店」を案内してもらうことに。
*1 経済産業大臣指定の伝統的工芸品の製造に従事する技術者の中から、高度の技術・技法を保持する技術者を一般財団法人伝統的産業振興協会(略称:伝産協会)が認定している。
これは夫が携わった仏壇で一番大きな*2金仏壇、身長175cmの夫に横に立ってもらいました。とにかく巨大で豪華絢爛なさまに圧倒されます。こんなに大きいのにたくさんの細かいパーツに分かれていて、つくるのがすごく大変そう。売り物なので当然ながら値段がついているのですが、マンションが購入できるようなびっくり価格!
*2 41号というサイズで、およそ幅131×奥行84×高さ203(cm)。
仏壇にはいろんな大きさがあるんだけど、このサイズも30~40年前にはよく売れたんだよ。当時は製造卸しがメインだったから小売店からたくさん注文があって、つくってもつくっても間に合わないぐらいだった。とにかく、早くてきれいな仕事をしようと必死だったな。
誇らしげに語る夫。
いつも仕事をしている作業場はコンクリート打ちっ放しの壁が意外とおしゃれ。しかし作業台や座布団はかなり年季が入っていて伝統を感じさせます。
まず、金箔を挟む「箔箸」を見せてもらいました。竹でできていて、自分で先端部分を削って扱いやすいように調整するとのこと。
先の尖った棒状の道具も竹製で、自分で箸を削ったものだとか。箔押し作業時には金箔を押さえるのに使用し、先端に薄くした綿を巻きつければ細かいところについた余分な金箔を拭うことができる優れもの。他にも使い道はたくさんあり、職人の必需品です。
さて肝心の金箔ですが、よく使われるサイズは三寸六分(約10.9cm)角、厚さはなんと0.0001mm!鼻息でも飛んでしまう軽さで、ちょっとしたことで破れてしまうような極薄素材です。金箔はそのままの大きさで使ったり、押すものに応じてカットしたりして使用します。
これらの道具を使って、薄い金箔を次々と仏壇の部品に押します。画像で箔押し作業をしているのは宮殿に取り付けるとても細かいつくりの彫刻。そこへ迷うことなく淡々と箔押ししていきます。まさに職人芸。リズミカルに押していく様子は小気味よく、純粋に「すごい!」と思えました。
私も以前、夫の会社のイベントで箔押しを体験したのですが、平らな板に1枚の金箔を押すだけのことなのに、直接金箔を触るとくっついてしまいきれいに押せなかったのを覚えています。今回、職人としてのスピード感のある箔押し作業を見て、夫の技術のすごさに気づきました。こんな細かな作業を毎日のようにしているのだから、夫の肩こりがひどいのも納得ですね。
夫は筆記試験のために何十年ぶりかに猛勉強をし、筆記と実技、面接からなる伝統工芸士認定試験に無事合格!晴れて「名古屋仏壇・加飾部門」の伝統工芸士と認定され、認定証と盾を頂きました。記念に憧れていた作務衣も購入しました。そんな夫に改めて仕事への思いを聞いたところ…
名古屋で一番の職人を目指して頑張ってきたから、認められてとてもうれしい。でも、仏壇があまり売れない時代になって、この技術を今後伝えていけるのか不安にも思う。仏壇が売れるようになれば一番良いけれど、まずは多くの人に名古屋仏壇を知ってもらいたい。箔押しの技術も若い人に受けるような商品に生かせたらいいなぁ。
と、伝統工芸の将来への不安と希望を語ってくれました。
今回の試験をきっかけに、普段無口な夫の、伝統の技を引き継ぐ仕事への誇りを知ることができました。同時に長い歴史を持つ名古屋仏壇の伝統の技が存続の危機にあるとわかり、自分のできる応援がしたいという気持ちで夫のInstagramへ箔押し動画の投稿を始めることに。すると海外からも多くのいいね!やコメントをもらえて、予想以上の反響に夫もニコニコです。私も手応えを感じ、投稿するのが楽しみになっています。
写真/ゆみ