商店街の小さなお店が陶磁器の未来をつむぐ
-CONERU nendo shop & spaceの挑戦-
あれは、寒さ厳しい2月頃。「新しく、粘土を売るお店ができるらしい」との噂を耳にしました。「瀬戸」「粘土」で思い浮かべるのは、陶磁器の原料。瀬戸のまちには、茶碗やお皿といったせとものはもちろん、釉薬や職人が使う道具などを扱うお店が多数あります。しかし粘土そのものを売るお店とは、ちょっと新鮮です。粘土は基本的に、製造会社から直接買うものだと思っていましたから。
瀬戸で粘土を扱うお店はあっても、少量から販売するお店って、ほぼゼロなんです。
そう話すのは、瀬戸でゲストハウス「ますきち」を営む南慎太郎くん。瀬戸で活躍する若手のひとりで、大ナゴヤ大学の授業で先生をしてもらったことも。私個人も、同じ瀬戸市民としてご縁のある人物です。そして、噂の粘土のお店の立ち上げメンバーだとか!まさか身近な人が「中の人」とは。世間は狭い(笑)
陶芸用粘土の小売店「CONERU nendo shop & space(以下 CONERU)」は、2020年5月のプレオープンを経て6月7日にグランドオープンを迎えました。瀬戸の新たな目玉スポットとなる予感がするこのお店について、立ち上げの背景などを聞いてみようと思います!
瀬戸ではじめて!? 良質な粘土を1kgから買えるお店
CONERUが位置するのは、尾張瀬戸駅から徒歩5分の「せと銀座通り商店街」の一角。くねくねとしたアーケードの下には、長年商売を続けるお店もあれば、「新しい挑戦がしたい!」と20代、30代が立ち上げたお店もあり。「古い」と「新しい」が、ほど良く入り混じっています。
お店奥のレジカウンターは、下がショーケースになっていて、瀬戸原産の陶芸用粘土が数種類並んでいます。機械から練り出された状態で、注文ごとにカットするそうです。なんだかパン屋さんやお肉屋さんみたい。
粘土は1kgから購入できます。「気軽に誰でも粘土を買える。これがとっても重要なんです」と語る南くん。どういう意味なのでしょうか。
粘土の販売価格って、1kgあたり100円程度。価格だけ見れば手に取りやすいかもしれませんが、一般的に陶芸粘土は20kgを1個口として扱われるんです。個人作家が買うとなると、多すぎて持て余してしまいます。
最近では陶製のアクセサリーをつくる作家さんも増えています。そういった人たちにとっては、確かに20kgは多い…。良いもので、安価だとしても手が出しづらいです。だからこそ「個人でも扱いきれる量で粘土を販売する」という発想にたどり着きました。小口売りにすれば個人でも購入しやすく、単価も上げられます。小口売りは、粘土を売る側、使う側、双方にとって良い仕組みといえます。
CONERUは、粘土とせとものを取り巻く現状を打破するための出発点
CONERUを紹介する上でのキーパーソンが、もうひとり。CONERUの社長を務める牧幸佑さんです。牧さんは、瀬戸で粘土製造を続けてきた陣屋丸仙窯業原料の5代目であり、ますきちの大家さんでもあります。しかも、牧さんが以前勤めていた会社の上司が、なんと南くんのお父様だったそう(笑)なにかと縁の深いふたりの出会いがあってこそ、CONERUは産声を上げるに至りました。
牧さんから「瀬戸の陶土が枯渇し始めている」「早ければ10年後には、粘土がつくれなくなるかもしれない」と聞かされたときは、本当に驚きました。1,000年以上続いてきた伝統が、遠くない未来に途絶えてしまうかもしれないなんて、知る由もなかった。自分にもなにかできないだろうかと思って、牧さんとふたりでCONERUをつくるのを決めたんです。
「多くの人に粘土を身近に楽しんでもらう」これを目標に、CONERUの立ち上げ準備を進め始めたふたり。それだけでも大変でしょうに、「専用の窯がなくても、おうちでも陶芸を楽しんでもらいたい」と、新しい粘土「オーブン陶芸粘土」の開発にも取り組み始めます。
通常、陶器は素焼き(成型した陶器を乾燥させてから焼く工程)で600〜800℃、絵付け・釉薬掛けをした後の本焼きでは1,230℃程度の温度が必要です。しかしこの粘土には特殊な樹脂が混ぜ込まれていて、家庭用オーブンでも陶器が焼けるのです!アクリル絵の具で絵付けをしてコート剤を塗って焼けば、水が浸透したり色落ちしたりする心配もありません。
7月からは成型から焼成までを体験できるワークショップを定期開催、9月からは陶芸用粘土を購入した人が使える、会員制のシェア陶芸スペースを店内にオープンする予定だとか。別途使用料を支払えば、成型や絵付けはもちろん、店頭に置かれた電気窯を使って焼成まで自身で行えるようになります。アトリエや自前の窯を持たない作家さんにも重宝されるのではないでしょうか。
CONERUが、ただ粘土を買えるだけでなく「陶芸をまるごと楽しめる場」としても開かれていく。材料や道具を買いたい、作品をつくりたい、いろんな思いを持って足を運ぶ人がひとり、またひとりと増えたら…と想像すると、なんだかウキウキしてきました!そんな未来が早く訪れることを願っています。
写真/キャラバンサライ、上浦未来、いとうえん