お茶の楽しみ方を次の世代に伝える
-「伊勢茶mirume」社長 松本壮真-
私は子どもの頃からお茶が好きで、学生時代にはお茶屋でアルバイトをしていました。お店ではいろんな種類の茶葉を取り扱っており、いつもたくさんのお客様でにぎわっていましたが、茶葉を買いにくる若者はごくわずか。お店の若旦那も、「今の若い人たちは、わざわざ茶葉からお茶を飲んだりしないよね」とつぶやいていたほどです。それ以来、どうして若い人たちには茶葉から飲む人が少ないのかという疑問がずっと頭の片隅に。
あれから数年。お茶農家の息子が会社を辞めて、若者へのお茶文化の普及を目指してお茶のカフェをつくったらしいという話を耳にしました。独立してお茶のカフェを開くなんて、どんな熱い想いを持った人だろう。気になって取材しにいくことにしました。
迎えてくださったのは「伊勢茶mirume」を経営する松本壮真さん。伊勢のお茶農家の3代目として生まれ、実家のお茶は「天皇杯」という農林水産業者に授与される最高賞も受賞しています。実家では当たり前のように茶葉からお茶を飲んでおり、小さい頃からお茶に親しんできました。社会人経験を経てお茶のカフェを開業したのにはどんな理由があったのか、ぜひとも聞いてみたいところです。
茶葉から飲むお茶の消費は年配の方が6割以上を占めています。このままだと将来、ペットボトルなどの飲料茶ばかりで、業界そのものが危うくなってしまいます。そこで若い人たちに、もっと茶葉からのお茶の良さを知ってもらいたいと思いお店を始めました。
私が働いていたお茶屋でも、お客様には高齢の方が多く、若い人が購入する場合は祖父母へのプレゼントといった場合がほとんどだったので納得です。それにしても、祖父母ぐらいの世代までは家庭で茶葉からお茶を飲む習慣が当たり前のようにあったと思うのですが、若い世代では飲む人が少なくなったと感じます。若い人たちにとって、お茶の位置づけが上の世代の人たちとは違うのでしょうか。
若い世代は、お茶を選択肢として考える機会が減っているのだと思います。友人と時間を過ごすならカフェでコーヒーを頼もうとなってしまう。まずは、選択肢を増やしてもらうためにお茶を楽しめる場所が必要だと考えたのですが、最近は急須を使ったことすらない若い人たちが増えてきていることに気がつきました。
急須を使ったことがないとなると、いったいどうやって若い人たちにお茶を楽しんでもらえば良いのでしょう。このままいけば将来は、茶葉からお茶を飲むこと自体に馴染みがなくなってしまうのではないかと危惧が浮かびます。
私としては急須の使い方がわからないことにショックを受けるのではなく、「伊勢茶mirume」を通して“はじめて”の人とつながることができたと捉えて、まずはここで茶葉から入れるお茶の良さを知ってもらおうと考えています。だけど、お店のメニューに急須で飲むお茶があったとしても、使い方がわからなければ注文しようとは思わないですよね。そこでスタッフが一人ひとりにメニューや急須の使い方について丁寧に説明します。珍しい経験であるためか、今度は友人を連れてきてくれることもあるんですよ。
友人を連れてくるとは、その人にとってよほど思い出に残ったのでしょうか。お茶が好きな私としてもどんな味なのか知りたくなり、試飲させてもらうことに。
運ばれてきたのは「千寿」というかぶせ茶。折敷(おしき)から木のぬくもりを感じます。急須は取っ手がないタイプで、かわいらしいです。お湯を入れて待つ時間は砂時計で計ります。急須からお茶を注いだ途端、良い香りが。飲んでみると1杯目は驚くほどに強い旨味が口に広がり、2杯目は茶葉が開いているためか味に深みがありました。これで試飲は終わりだろうと思ったのですが、松本さんに勧められるがままに3杯目を口にしたところ、ほど良い渋味が現れたのです。ここまで何度も入れても旨味が続いたのは、私が飲んだお茶でははじめてでした。
これだけおいしいお茶が飲めて、しかも急須の使い方まで一から教えてもらえる。お客さんに丁寧に説明するためか、店内を見渡すと、座席数の割にスタッフの数が多い気がします。ただ、お店としては人件費の負担が増えてしまいそうです。どうしてそこまでして若い人たちにお茶の文化を伝えたいのでしょう。
やはりお茶農家の家に生まれたから、自分の家のお茶を残していきたいというのが大きいと思います。天皇杯70年の歴史の中で選ばれたお茶農家はたった20軒だけなのです。このままでは20年後にはお茶業界そのものが衰退し、自分の先祖が培ってきたものが失われてしまうかもしれない。だからこそまずはティーバッグででも、茶葉からのお茶を楽しむ経験をしてほしいのです。
確かにお茶農家が努力しても、飲む人がいなくなれば元も子もなくなります。こうしておいしいお茶が飲めているのは、ありがたいことなのかもしれません。
取材中、終始朗らかな表情を浮かべていた松本さん。実家のお茶が受賞したという天皇賞について語る際は誇らしげで、心にはお茶の継承を使命とする熱い想いが宿っているように感じました。
日本には茶葉からお茶を入れて家族との憩いの時間やほっと一息つく瞬間を当たり前のように楽しむ習慣があります。昨今はそれが失われつつあるのかもしれません。一方で、喫茶店に行くなど多様な選択肢を持ち、お茶を楽しむことが当たり前ではない世代の中にも、茶葉から入れるお茶をおいしいと思って敢えて選ぶ人たちがいます。多くの人たちが「この産地のお茶、好きなんだよね」と気軽に茶葉からのお茶を楽しんでいる。そんないつかを想像して胸が高鳴りました。私も諦めることなく茶葉からのお茶の魅力を伝えていこうと思います。
写真:ジェイ