お月見泥棒を通して実感する地域の方々のまなざし
「お月見泥棒」ってご存じですか。とりあえず人に教えるときは難しい説明を省いて「和製ハロウィン」というと、なんとなくイメージをしてもらえます。お月見泥棒とは、名古屋市内の東部エリア、日進市、長久手市、三重県や岐阜県の一部地域などに伝わる風習で、毎年9月、中秋の名月の日に民家の玄関先に置かれたお菓子を子どもがもらって歩くものです。
由来については諸説ありますが、江戸時代にお月見のお供え物をその日だけは盗むことを許されたという全国的な習わしがはじまりだそうで、盗られた家は豊作になるといわれていたとか。近年では、お月見泥棒がテレビやSNSで取り上げられて認知されたことや、子育て世帯の増加もあって、いっそう盛り上がってきている気がします。
私は幼い頃から名古屋市緑区に住んでいましたが、その存在を知ったのは大人になってから。息子が生まれて同区内の別のエリアに引っ越したあとです。袋を持った子どもたちが大勢歩いているのをはじめて見かけたときは、何事かと驚きました。後日、近所の友人に聞いて、そんな風習があるのかと思ったのです。
お月見泥棒には、厳密なきまりごとではないものの、対象は小学生、学区外には行かない、お菓子をもらう家の人に声をかける、自宅に帰ってから食べる、などのお約束のようなものがあります。お月見泥棒のために用意されたお菓子を公然ともらっていくので、こっそりと盗む泥棒のイメージとはちょっと違いますね。
昨今の私の近所でのお月見泥棒の様子をちょっとお話しします。だいたい夏休み明けからでしょうか。「今年は何日だっけ」「なにを準備しようか」と保護者たちの話題に上り始めます。エリアによっては、学校のプリントや町内の回覧板でお月見泥棒に関する注意書きのお便りが配られるようです。
日が近くなると、近所のスーパーの催事コーナーに大袋のお菓子が並びます。時期としてはハロウィンの準備が始まるシーズン。パッケージがハロウィン向けのものも多いためお月見泥棒用とごっちゃになりがちです。冒頭で「和製ハロウィン」といいましたが、お月見泥棒をやっている地域ではハロウィンとお月見泥棒とを混同している子もいるのではないでしょうか。
実施される前の週末にはお菓子屋さんが人であふれ、駐車場は車でいっぱいになることも。私は子どもの好みそうなお菓子を、数を考えながら選びます。昔食べた懐かしい駄菓子があれば手を伸ばし、どさくさ紛れにレジへ…これは自分のささやかなおやつタイム用です。
お月見泥棒当日、我が家では、私が夕方4時頃から自宅の前にたくさんのお菓子を入れた段ボールを並べ、息子が書いた「お月見どろぼうおひとつどうぞ」の張り紙をつけて準備完了。息子にとっては、いつも友達どうしで一緒にまわる約束をして心待ちにしている日です。友達の中にはこの日のために習い事や部活を休む子もいるよう。お月見泥棒では、小学生に加えて未就学児の弟や妹、おうちの人が同伴する場合もあります。私も息子に急かされてお菓子を入れる袋を手にしていざ出発。
お菓子が置いてある家を探して立ち止まり、お菓子を選んで袋に入れてまた歩くの繰り返し。歩きながら「ここは○○ちゃんの家だよ」と教えてくれるため、よく遊んでいる友達の家を知る機会でもあります。近所でも意外と知らない道も多く、抜け道や通学路で見通しが悪い場所、危険な場所など、安全と防犯上の見回りとしても有効です。置いてあるものは袋菓子が中心ですが、たまにジュースを置いているお宅もあって、子どもはそれを見つけると大喜び。そんなレアアイテムを求めて「今年はなにがあるかな」と期待に胸を膨らませ、自然と急ぎ足になります。
お菓子を出すのは子育て世帯だけではありません。子どもが来るのを楽しみにしているご高齢世帯の方も出してくれるのです。家の前で立ち止まってお菓子を選んでいると玄関先に出てきて声をかけてくださるので、ベンチに座らせていただいて一息。何気ないしばしの雑談に和みます。秋の夕方とはいえ、まだ残暑が厳しい9月。お菓子に誘われどんどん先へ進んでいく子どもたちを追いかけるのも一苦労です。袋がいっぱいになってきたら、暗くなる前に帰宅します。もらったものを床に広げて満足げに眺める息子。しばらくおやつに困らないくらいになりました。
我が家の場合はこんな感じで参加していますが、地域によって行われ方に差があるかもしれません。
この日に限らず、子連れで歩いていると優しく声をかけてくださったり、公園で遊んでいるときに犬の散歩をしている方とあいさつを交わしたりと、日ごろから近所に住む方々が温かい目で見守ってくれていると感じます。お月見泥棒は、子育て中の私にとって地域の方々に子どもたちが温かく受け入れられているのだなと改めて実感する機会。息子は毎日、頂いたお菓子をどれにしようかと選んで大事そうに食べ、私はそれを見てありがたみをかみしめます。
高学年になった息子とこうして一緒に参加できるのもあと少し。今年も感謝しながらまわりたいと思います。
写真/榊原あかね