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大ナゴヤノート.
2019年12月25日

可能性しかない雑草を楽しみ、育て、味わう
-雑草料理研究家 前田純-

初めて出会ったとき、目の前にいたその人は、出し抜けにこう言いました。

私、農家なんです。雑草の。

ざ、雑草? あの道端や土手に生えている? 目を白黒させている私をよそに、前田純さんはにこにこと話し続けます。

畑で雑草を栽培して、料理方法を研究したり商品を作って売ったりしています。日本で雑草を育てているのは、私だけなんじゃないでしょうか。面白いんですよ、雑草って。

どこでも勝手に育つ雑草を、わざわざ畑で栽培?? しかも、食べる??? 大量の「?」が浮かぶと同時に、とある出来事が私の頭の中をよぎりました。放課後、友達と名前も知らない黄色い花を食べていた、小学生の頃の思い出です。「そんなもの食べるんじゃないの」と注意されても、懲りずにその後もおやつ代わりに食べていました。やだ、雑草食べてたわ、私。

いやいや、多くの人はきっと雑草を「食べる物」とは思わないのでは。そもそも、日常で雑草に目を向けることもあるかどうか…。かくいう私も、前田さんの言葉を耳にするまで、昔のことなど忘れていましたから。でも目の前で雑草についてとっても楽しげに語る人がいる。さまざまな雑草を栽培する、雑草農家さんです。これは話を聞かないわけにはいきません。思わず取材させてほしいとお願いしていました。

前田純さん。取材でも雑草の知識をふんだんに語ってくださいました。

取材当日。前田さんがふるまってくれたのが、お手製の雑草ブレンド茶。ほんのり甘みがあるすっきりとした味わいで、なんだか「雑草」という言葉が似つかわしくないように感じました。その飲みやすさ、おいしさに驚きました。

そう、雑草はおいしいんです。しかも栄養価も高くて、例えば「スベリヒユ」はオメガ3脂肪酸が植物の中で含有量が最も高いといわれていて、ヨーロッパ圏では野菜のひとつに数えられます。一般的には「雑草」とひとくくりにされてしまう植物も、国が変われば普通に食材として食べられているんですよ。

ボトルの向こう側に赤いグラスが置かれていてちょっとわかりづらいのですが、緑茶より淡い色味のお茶でした。

ちなみに私が食べていたと思われるのは「カタバミ」。クエン酸が豊富で疲労回復に役立つとのこと。なるほど、遊び回るときのおやつとしてはちょうどいいものを口にしていたのだな…。でもさすがに今は、子ども時代のようにはそのへんに生えているものは食べる気にはなりません。前田さんも「雑草に関心を持ったとしても、道に生えているのは食べないでくださいね」と話します。

雑草は土壌の成分を吸い上げる力がとても強くて、その力を利用して汚染された土壌を浄化することも可能です。つまり、排気ガスなどで汚れた土壌で育った雑草を食べれば、汚れも一緒に食べてしまうことになります。食べるための雑草を育てるには、土の状態がとても重要。だから私の農場では、無堆肥・無農薬で育てています。そもそも雑草は肥料がなくても水が少なくても育ちますから、必要ないんですよね。

前田さんが雑草の栽培を開始したのは約5年前。農業をやるためだけに愛知県に移り住みました。どうして愛知県を選んだのかといえば「年間の日照時間が長い」「交通の便が良い」の2点をクリアしていたから。現在は稲沢市と長久手市で年間を通じてさまざまな雑草を栽培。長久手の農場は4人のメンバーとともに運営し、イベントなども主催しています。

前田さんを含めた4人が共同代表を務める「合同会社つむぎて」。

そもそも、前田さんはいつから雑草に関心を持っていたのでしょうか。単刀直入に聞いてみると、意外にも「実は、明確な『これ!』ってきっかけはないんです」との答えが。ただ、小さな頃から山菜や野草に詳しいお父さんと一緒に山に登っては、ウドやヨモギなどさまざまな「食べられる植物」を採っていて、幼稚園に入園する頃には前田さんひとりでも採れるようになったそうです。

でも簡単に採れるようになると、だんだんつまらなくなってしまって(笑)じゃあ育ててみようと思ったのが小学生の頃。自分の手で季節の作物を栽培しては、近所の人に配っていました。そしたらとても喜ばれて、それがうれしくて面白いから、どんどん作るようになりましたね。

大学の農学部に進学後は、農業について学ぶとともに農業と林業に関する団体にも所属。縁が重なり、研究に帯同するため全国各地に出向く機会にも恵まれ、大学の先生や先輩、地域の野草に詳しいご婦人など、さまざまな人との出会いや交流を通じて、どんどんと雑草の知識を深めていきました。

雑草の効能は、生活の知恵として長く受け継がれてきました。でも科学的な裏付けはなく、誰も研究してきませんでした。それが最近、科学的に効果が立証されてきているんです。例えば江戸時代の頃から「ツユクサ風呂はあせもに効く」と伝えられていました。それが最近になって成分解析されて、確かにあせもに効果のある成分が含まれていることがわかりました。土手にたくさん生えているセイタカアワダチソウは、以前は花粉症の原因なんて言われてましたが、実はこれは誤解なんです。むしろ抗酸化作用のある成分が多く、アレルギーの改善にも効果がある、生活に役立つ植物ともいえます。

いろいろなことが解明されると、当たり前に身近にあった雑草ってめちゃくちゃすごいじゃんと思えて、自分でもどんどん調べて研究してきました。そうするといろんな活用方法が思い浮かんで、楽しくて仕方ないんです。

雑草は栄養分が乏しい土壌でも育ちます。例えば日本各地にたくさんある耕作放棄地で、雑草を野菜のように栽培してコンスタントに供給できるようになったら、耕作放棄地が活用できるだけでなく食糧不足の問題も解決するかもしれません。

雑草は食べるだけでなく、素材としても使えます。カラムシの繊維を使えば、つやのある織物ができるんですよ。シロザは見た目は木みたいなのに、誰でも簡単に伐採できるんです。これで雑貨を作ることも構想中です。あと、もしかしたら将来的にはバイオマスエネルギーでも活用できるんじゃないかと思います。シロザは成長速度が速いので、その特性を利用して、平地でも燃料を作れるかもしれません。

 

これがシロザ。木のような密度がありますが、れっきとした草。平地や水の少ない土地でも半年もあれば3m近く育ちます。

私の何気ない質問にも、抱えきれないほどのあふれんばかりの知識と情報で応えてくれる前田さん。これまで得てきた知識やそこから着想して考えた発展のかたちを、とても生き生きと語ります。聞いているとこちらも楽しい気持ちになり、自然と「雑草ってすごいじゃん!」と思えてきました。

自分が楽しいと思って話したことを面白いと聞いてくれる人がいるのは、私にとってすごくうれしいこと。世間的には価値がないと思われていても、楽しく話せば価値観は変えられる。つまらなくやっていても、つまらないだけですから。一緒に楽しんでくれる仲間がいるのも、心強いですね。

農業を始めて現在までを、前田さんは「人に知ってもらう、人のつながりを作ってきた期間だった」と振り返りました。愛知に移った当初は農家さんの理解を得られず貸し手に出会えない日々を送っていましたが、それでも前田さんは常に楽しく雑草について語り続け、共感してくれる人に出会いながら自分のやりたい農業を形にしてきました。5年の月日は決して短いものではなく、時にはもどかしさを感じる場面もあったそうですが「心温まることもたくさんありました」とにっこり。これからは、野菜の栽培でやってきたことを雑草でもやっていくため「とりあえず10年は頑張ってみないとですね」と続けます。

雑草って本当に、可能性しかありません。特別なものでも、どこにでもあるものだけれど、知ることで可能性が広がる。しかも他にやっている人がいないから、何をやっても世界初になります(笑)だから今も、まずはやってしまえば良いというスタンスですね。

たとえ周りから「え?」と思われることでも、楽しんだり面白がったりしていたら、そんな「?」は、ふっと吹き消されてしまう。前田さんの話を聞いていると、そんな軽やかな気持ちになりました。もしかしたら本当に近い将来、スーパーの店頭にいろんな雑草が当たり前に並ぶようになるかもしれません。

取材後、お土産としていただいたスベリヒユで、ナムル風の和え物を作ってみました。独特のぬめりと酸味がアクセントになって、とてもおいしかったです。うーん、早く気軽に手に入るようになってほしいですね。

ごはんのお供にも、お酒の肴にもぴったりな一品です!

写真/大野嵩明、いとうえん

伊藤 成美

名古屋市生まれ、瀬戸市育ち。デザイナーや玩具の企画開発アシスタント、学習塾教材制作などを経て、縁あってwebメディア運営会社のライター職に就く。インタビュー記事の執筆を中心に経験を積んだ後、フリーランスに。大ナゴヤ大学では、ボラスタや授業コーディネーターとして活動中。
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