まちと一緒に育つ本屋さん
-「TOUTEN BOOKSTORE」から見えてくる、心地良い距離感-
本を読んでいると、心がじわ~っと潤っていきます。言葉の一つひとつが沁み込んできて、満たされる感覚。そんなとき、「本はまるで食べものみたいだなぁ」と感じます。食べものが血や肉になるように、本が心に栄養をチャージしてくれるのです。本を食べものと考えるなら、本屋はそれを料理して出してくれるレストランのよう――。
本屋ってだけで好きなんですよ、私。本があるだけでなんか好きで。
そうほほ笑むのは、2021年1月に「TOUTEN BOOKSTORE」をオープンした古賀詩穂子さん。 扉を開けると「こんにちは」とやわらかく出迎えてくれました。お店に入ると、思わずほっと一息、気持ちがほぐれます。店主の古賀さんにお話を伺いながら、お店の居心地の良さの秘密を探ります。
金山で本屋の面白さを伝える
金山駅から歩いて10分ほどのレトロな雰囲気の商店街の中に、TOUTEN BOOKSTOREはあります。たくさんの人が行き交うこのまちの雑多な雰囲気が古賀さんのやりたい本屋像と重なり、ここで開業しようと決めました。店名には、文中に「読点」を打つように、生活の中で気持ちを整理したり息継ぎしたりできる場所をつくりたいという思いが込められています。
古賀さんが本屋という場所の面白さに興味を持ったのは、本の物流を担う出版取次で働いていたとき。お店ごとに個性があり、自分の視野にない情報を得られる面白さに気づいたといいます。その後、本にまつわる企画を行う会社を経て独立へと舵を切りました。
本屋の面白さを伝えたいというのもあったし、本屋に行くという選択肢を持ってもらいたいというのもあったし、それでも本屋は減る一方なので、自分でひとつ増やしたいと思いました。やっぱり本屋の絶対数が少ないほど行く回数も減ると思うので、その意味でそういう場所を自分が生まれ育った名古屋でつくりたいというのはありましたね。
古賀さんが感じた本屋の面白さを形にしたのが、このお店なのですね。
風通しの良い空間
お店の入り口を入ってすぐ左手にはベンチがあり、座ってドリンクを楽しめるスペースになっています。
本屋って静かなイメージだけれど、もう少しわいわいしても良いと思う。その一環として、ドリンクの提供も行っています。コーヒーやビールを飲みながらゆっくり本を楽しんだり、会話を楽しんだりしてほしい。お子さん連れの方でも、誰でも気兼ねなく入れて、居心地の良い場所にしたいですね。
誰でも気軽に入って楽しめる、こうした「風通しの良さ」は古賀さんがお店づくりをするうえで意識していることのひとつ。古賀さんとお客さんとの距離も近く、はじめて訪れた人でも自然と会話が弾む和やかな空間です。
本屋で「社会とつながる」感覚を
お店ではイベントが開かれることもしばしばあります。例えば、2階のスペースで行われるヨガ教室。本屋とヨガは一見意外な組み合わせですが、古賀さんにとって心の健康という点で両者には通じる部分があるそうです。こうしたイベントがまちの人や社会に目を向けるきっかけになることもあれば、その場を共にしたお客さん同士でつながりが生まれることも。さらに、本そのものが社会との接点になるといいます。
「この人、この本出したんだ」みたいな発見があるだけでも、自分の気持ちが外に向くっていうか。わざわざ人としゃべらなくても、本を通して社会とつながる感覚を得られるのが、本屋の面白いところだと思っています。そういう意味で「社会とつながる」。家じゃないところに行くだけでも、こういうふうにお店に行くだけでも、なにかしらのつながる感覚を得られるんじゃないかなって思います。
読書はひとりで静かに行う閉じた行為だと思っていたけれど、本の中にも、本屋という場所にも、社会に通じる窓がたくさんあると気づかせてくれました。
自分の「枠を超える」出会いがある場所
本屋という場所に実際に足を運ぶからこそ得られるものも多い、と古賀さんは場所が持つ力に着目します。
知っていることって知っていることでしかなくって、知らないことってその枠の外にあるじゃないですか。ネットで検索することって自分の中からしか出てこないものですよね。まったく知らないところからとか、少しずれた文脈からっていうのはやっぱり実際の場所で目で見たり触れたりして体で感じる部分でしか得られないものがあるように思います。
自分では予想していなかった本と出会う楽しみが味わえるのも、店頭ならではの魅力です。ここでは必ずしも出版社順や著者順に本が並んでいないので、突発的な出会いがあります。店内の商品はすべて古賀さんが注文しているそうで、「古賀さんの好きなものがお店に詰まっているんですね」と尋ねると意外な答えが返ってきました。
「好き」と「琴線に触れる」もまたちょっと違うと思っていて。琴線に触れるものは置くようにしているんですけど、それが必ずしも私の好きかどうかは別というか。いろんな自分、みたいな感じです。
自分の「好き」に限定せず、広い視野でお店に来てくれる人の琴線に触れるものを置くようにしている古賀さん。商品を注文する際には、お客さん個人の顔を思い浮かべて仕入れることもあるそうです。個人のレベルで来てくれる人に合わせてお店の中身が変わっていくところに、まちの人との距離の近さを感じます。
「まちが本屋を育て、本屋がまちを育てる」関係を目指して
「まちが本屋を育て、本屋がまちを育てる」。これは古賀さんの大好きな先輩の言葉です。まちとお店がお互いに顔が見えてやりとりできる、距離の近い関係は古賀さんにとってお店づくりの指針になっているとか。まちの人が求める情報を鋭くキャッチし、品ぞろえに反映させる古賀さんの嗅覚もきらりと光ります。人と本、人と人、人と社会などさまざまな出会いが今日もTOUTEN BOOKSTOREで生まれています。
インタビューを通して見えてきたのは、まちと本屋の心地良い距離感でした。誰でもふらっと立ち寄り、人や本、社会と気軽に触れあえる場所になっています。ジャンルを問わずベストセラーも、新刊も、さまざまな立場から本と関わってきた古賀さんだからこそのバランス感覚でお店に並んでいます。そのバランスが心地良く、ちょうど良い。今日も私のアンテナに引っかかる本と出会え、栄養に満たされて元気をチャージできました。おいしいごはんならぬご「ほ」ん、ごちそうさまでした!
今日のご「ほ」ん @TOUTEN BOOKSTORE
『ダルちゃん①』はるな檸檬 小学館 2018年「ふつう」の会社員に擬態する、ダルダル星人のダルちゃん。彼女が少しずつ擬態を解いて、感情を出すようになっていく姿が丁寧に描かれています。全編通してふんわりやわらかいタッチと淡い色使いに心がほどけます。最近自分の気持ちを置いてきぼりにしている、と感じたときに読みたい一冊。
写真/小林優太、細川明日香、古賀詩穂子