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大ナゴヤノート.
2022年01月19日

個人のおうちが目指す縁側のかたち
-「池上台ハウス」オーナー 山田佐智子、同管理運営委員 竹川良子-

まちづくり活動に関わるようになって、「縁側」について考えることが多くなりました。縁側と聞いて思い浮かぶのは、昔ながらのお宅でお年寄りが腰かけておしゃべりをしている光景。家と外をつなぐ空間で、人がゆるやかにつながる場所です。コロナ禍で縁側でのおしゃべりみたいな付き合いも減り、人との交流を恋しく思うようになった折、「池上台ハウス」を知りました。

名古屋市緑区にある池上台ハウスは、地域の助け合いの拠点として開放している一軒家で、まちの縁側として地域の人の憩いの場になっています。池上台ハウスのイベントにはじめて子どもと訪れたときには、オーナーや参加者が温かく迎え入れてくれ、折り紙や工作を教えてくださいました。皆さんの楽しそうな姿が心に残り、この場所がどのようにつくられるのかもっと知りたくなった私。池上台ハウスのオーナーの山田佐智子さんと、管理運営委員のひとりである竹川良子さんにお話をうかがいました。

住宅地にある池上台ハウス。見た目は普通の一軒家です。

空き家から、地域の縁側へ

池上台ハウスの始まりは、空き家となっていた山田さんの自宅をリフォームし、子育て団体に貸し出したこと。その後、医療生協が会議に使ったり、老人会が健康マージャン*1をしたりと徐々に利用者が増えていきました。次第に集会所として使うには不便を感じ、家の建て替えを決意。自治会などが運営に加わり、工事を経て2018年6月に池上台ハウスとしてオープンしました。

*1 「お酒を飲まない」「煙草を吸わない」「お金を賭けない」をモットーにしたマージャンで、認知症予防につながるとして高齢者に広まっている。

(竹川さん)
私たちは、平たく言うとお互いさまの気持ちをかたちにする縁側にしたいと思っています。昔の縁側とは、地域の人が来てはバババッとしゃべる、気軽に座って休憩する、猫も寄ってくる。そんな地域の縁側みたいにして、地域の宝になるように。

竹川さんの考える縁側が、池上台ハウスで最初に目にした光景に重なりました。カフェ、本屋、行政では公民館など、縁側のように人が集まる場所はいろいろあります。個人宅の良さはどんなところなのでしょうか。

(竹川さん)
ここは誰かが常駐しているわけではなく、家の鍵を借りた人が管理責任者になるんです。例えば、「ちょっと夫婦げんかしたから夫の顔が見たくない」というときも山田さんに言えば鍵を開けてくれる(笑)。個人のおうちだから縁側になれるんじゃないですかね。

臨機応変に対応できるのが個人宅の良さ。しかし、ただの個人の家では難しいことがあります。かつて自宅に人を招いてお茶会を開いていた竹川さんも、池上台ハウスに場所を移しました。なぜ、この場所を使うようになったのでしょう。

(竹川さん)
人が住んでいる個人の家はみんなちょっと遠慮があって、なんとなく気軽には集まれないんですよ。

(山田さん)
来る人は、お邪魔して申し訳ないなぁという気持ちになってしまいますね。

(竹川さん)
どうしても来る人が決まって広がらないのね。それで、池上台ハウスでお茶会をやることにしました。

確かに、おうちにお邪魔するのは気が引けてしまいますね。「ただ個人の家を借りるのではなく、地域の自治会と一緒に運営したことで活動の幅が広がり、信用度も高くなる。借りるほうも利用するほうも安心感がある」と竹川さん。行政では難しい柔軟さ、個人宅では難しい気軽さ、そして自治会が運営に入っている安心感が池上台ハウスの良さなのですね。

テーブルを囲んでおしゃべり。実家に帰ったようにホッとします。

みんなで楽しく夢をかたちにする

山田さんが縁側づくりをしたいと思ったきっかけは、NPO法人「まちの縁側育くみ隊」の延藤安弘先生との出会いでした。まちの縁側育くみ隊の代表理事として人を主体にしたまち育てを提唱し、多様なまちづくり活動に携わっていた延藤先生。山田さんは延藤先生の講演や幻燈会*2 で各地の縁側活動を教わります。そこでは、皆さんの「こんなことができたら良いな」というつぶやきを専門家が応援して、まちの困りごとを解決し、夢をかたちあるものにどんどん変えていました。

「幻燈会のスライドに写っている人たちは、助け合いながら楽しく生きる。わずらわしさも遊びに変えてしまう面白い知恵がいっぱい沸いてくる生き方をしていた。それが楽しいなと思って」。まちの縁側育くみ隊を通じて温めた山田さんの夢を、池上台ハウスでかたちにしました。

*2 絵本や写真のスライド上映と語りでまちづくりを伝える講演会。

(山田さん)
池上台ハウスでのチャレンジや経験は皆さんと共有できるし、学びになるけれど、ただ夢を語っているだけでは伝わらないと思うんだよね。ここで参加したこと、見たことは、きっとまちの縁側の種になると思ったの。また、こんなことを面白いと思う人がいてくれたら、かたちにする仲間を募れば良いと思うの。

朗らかに話す山田さん。話しやすい雰囲気も池上台ハウスの魅力のひとつ。

山田さんは池上台ハウスができてからも、縁側活動をする施設へ見学に行くなど勉強熱心な方。行動的な山田さんとは対照的に、竹川さんは冷静な印象です。「みんなは本当にやりたがっているかな」と全体を見てアイデアを運営委員会に諮り、住民のニーズに合わせて決めているとのこと。竹川さんはこうも言います。「でも山田さんの有言実行がなければ、こんなに活発で社会から評価されるようなハウスにはなっていなかったと思います」

ただ夢に邁進するのではなく、地域の人の意見も大切にして着実に歩んできたのですね。インタビューを通しておふたりの相性の良さと信頼関係を感じました。

おふたりだけでなく、池上台ハウスではたくさんの人が関わっています。講演会をする先生も、認知症カフェに来る人も、生き生きして見えましたがなぜでしょう。いろいろな人がいる中で、心がけていることを聞いてみました。

(山田さん)
SDGsの考え方にあるように、誰ひとり取り残さないで、みんなで住み続けられるようなまちづくりをしたい。立場が違うといろんな主張があるけれど、縁側として「それでもウェルカム」というスタンスでオープンしているから、差別せずにどんな人の意見も聞くという姿勢で、講座や勉強会に取り組んでいる。ここに来る人は出番を求めて来てくれると思っているので、なにかしら手伝ってもらいたいなって。強制されてやるんじゃなくて、自分たちがやりたい活動だから、みんなで楽しくやりたいと思っている。

そうか、誰もが活躍できる場をつくり、良い意味で巻き込んでいる。皆さん自主的に楽しんでいるからこそ、活力にあふれているのですね。

認知症カフェ「それいゆ」にて、篆書(てんしょ)にチャレンジ!講師の方はボランティア。

認知症カフェ「それいゆ」にて、頭と体を動かして脳トレ中。

高齢者から子どもへと

池上台ハウスができて、地域の人はどのような反応だったのか気になりました。なにか影響はあったのでしょうか。

(竹川さん)
ここを建てるとき、大勢が集まるのを好まない人もいたんです。でも最近は、近所の人が「ここができたおかげで昼間ひとりでいるお年寄りも安心でうれしい」と言ってくれるようになったの。それがすごくうれしいです。やっていて良かったなぁと思う。

周りの変化を話す竹川さんの笑顔が印象的でした。

地域へ浸透してきた池上台ハウス。最後にこれからやってみたい活動を聞いてみると、「子ども食堂をやりたい」という答えが返ってきました。今までは高齢者が多く、池上台ハウスとして子ども向けの活動は少なかったそう。今後はお弁当の配布やメニューの試作から少しずつ準備を始め、ゆくゆくは一緒に食事会をして、食を介したまちづくりをしたいとのこと。楽しみです。子ども食堂を通して、高齢者と子どもとの多世代の交流が生まれると良いですね。

「食育の会」では料理を一緒に手づくり。みんなで食卓を囲むと笑顔がこぼれます。

行政でも個人でもない、池上台ハウスだからできた縁側のかたち。池上台ハウスの縁側づくりとは、ただ場所があるだけではなく、気軽に利用できる場所に人が集まり、楽しんで関わることでつくられていくのだと思います。なんでもない普通の光景かもしれないけれど、縁側で生まれる交流の大切さを改めて感じました。そして気がつけば、自分にはなにができるか考えて楽しくなっています。私も近隣の地域の住民として、自分の子どもや次の世代に種を広げていきたいです。

※情報は取材時点のものです。

写真/榊原あかね 、写真提供/山田佐智子

榊原 あかね

東京都生まれ、名古屋市育ち。旅行会社に勤めていたが退職し一児の母となる。現在は食べ歩き好きが高じてグルメライターとして活動中。名古屋で子育てをする中で地元に愛着を感じ、地域に貢献したいと漠然と思うように。大ナゴヤノート.では、生活者目線でまちの魅力を伝えたい。
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