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大ナゴヤノート.
2022年01月12日

遠のく名古屋の味に、なにを想う――。
-納屋橋まんじゅうと大ナゴヤノート.のエディターたち-

2021年12月初旬。名古屋の人々にはいささか衝撃的なニュースが、静かに流れました。

納屋橋まんじゅうが2022年1月10日をもって製造販売中止。

中区大須にある「納屋橋饅頭万松庵」が施設老朽化に伴い和菓子の製造販売を中止し、本社および工場を閉鎖解体するというのです。その情報が広まるにつれ、大須の店舗はもちろん、市内各所の販売店に駆け込みで納屋橋まんじゅうを求める人が相次いだとか。

大ナゴヤノート.のエディターたちも、間もなく手の届かないものとなるという名古屋の味に、さまざまに反応しました。遠くから想いを寄せたひと、買いに行って撃沈したひと、見事ゲットして味わったひと。それぞれが見つめた納屋橋まんじゅうとは――。

話題の食べ物と天邪鬼

納屋橋まんじゅうが買えなくなると知ったのはSNSでした。話題になっている食べ物があるとすぐに食べたい衝動に駆られます。でも、流行に乗るのはなんだか悔しい。気になって仕方がないのに。

たぶん食べたことはあるのだろうけれど、はっきりとは覚えていません。昔から知っているものが話題になるのは、どこか寂しくもあります。地元出身のタレントが全国的に有名になりテレビに映っていると、手元から離れて遠い世界に行ってしまったように感じるのと似ているような。いや、別に自分の物だったわけでもないのですが。

長く親しまれてきた老舗和菓子店の味。それが製造中止になると聞くと、ますます惹かれるではありませんか。悔しいとか寂しいとかあれこれ言い訳をしていますが、納屋橋まんじゅう、本当は食べたかった。入手できた人が羨ましい。

振り返ってみると、ずっと名古屋に住んでいながら食べた記憶がない名物がたくさんあります。なくなってしまうかも、なんて深く考えたことはありませんでした。くだらない意地なんか張ってないで、これを機に食べてみよう。その際はぜひ食べたことを自慢させてください。
(榊原あかね)

噂に聞いていた憧れの味を買いに。ところが…

それは、名古屋の人たちにとって、昔ながらの思い出の味だとか。他県から引っ越してきて、ことあるごとにその名を聞いてきた私は、「いつか食べてみたいな」と思っていたのでした。販売中止の2日前、朝10時に大須本町通店へ胸を高鳴らせながら行ってみると、売り切れの張り紙が。もう売り切れ?嘘でしょ?

呆然としていた私に、居合わせた男性が「もう1店舗、この近くにあるので、そっちなら買えるかもしれませんよ」。とても親切な方で、お店まで案内していただけることに。本町通から万松寺通に向かって数分。そこには…

想像を超えた長蛇の列!心をへし折られそうになりながらも、列に加わります。ところが数分も経たないうちに、お店の方がやってきて「もうすぐ完売しそうなので…。こんなに寒いし、体を壊さないためにも帰られた方が良いですよ」。
その言葉によって心はポッキリ。諦めることにしました。しかし、他は誰ひとりとして列から離れようとしません。私とは思い出の深さが違うためでしょうか…。

せめてお店の写真だけでも撮って帰ろうとカメラを構えたそのとき。あれ?なんだか見覚えがあるような。
記憶を遡ると、名古屋に来て最初の夏に、観光ついでに食べていたではありませんか!柔らかい食感と、酒の香りがぼんやりと蘇ってきました。当初の予定とは違う形ですが、どうにか味にたどり着けたので良しとしよう!
(ジェイ)

夜明け前から並んで、目にした景色と口にしたできたての味

ジェイくんが涙を飲んだ次の日の早朝、私は本町通のお店の前にいました。
早朝?いや、まだ真っ暗な午前5時過ぎ。工場の閉鎖を目前に朝早くから長蛇の列ができると聞いていましたが、さすがにまだ誰もいない。お店の中も人の気配はしません。これからどんな動きがあるのか、遠巻きに眺めてみることにしました。

ほどなくひとりの女性がお店の前へ。どうやら饅頭を買い求める仲間のようです。6時前、ひとり、ふたりと社員らしき人があらわれ、ビルの窓に明かりが灯ります。6時を過ぎると噂どおり人が並び始め、私も列に加わりました。

ふと工場に目を向けると、白み出した空にもやもやと湯気が立ち始めています。工場直営の大須本町通店では、年中無休で「できたて便」を提供してきたという納屋橋まんじゅう。毎朝こうして動き出してきたんですね。

8時。お店が開き、無事に買うことができました。実は最後に食べたのがいつか思い出せないほど久しぶり。せっかくですから、すぐに箱を開けてひとつパクリ。柔らかく蒸し上がった皮に優しい甘さのこし餡、お酒の風味がフワッと香る。いくつでも食べられそうで、気づくと3つ目まで手が伸びていました。

3箱買えたので、お裾分けしようと帰りに実家へ。母が想像以上に喜んでくれたのがちょっとした驚きでした。「昔から大好きなんだよね。おじいちゃんがいつも買ってきてくれて」。祖父も母も好きだったんだ。世代を超えて愛されてきたことを身近な人からも感じられました。もしかしたら、小さな頃から気づかぬうちに、親しんできた味だったのかもしれません。
(小林優太)

三者三様の納屋橋まんじゅうストーリー、いかがでしたか。

さて私はというと、ニュースを聞いて脳裏に真っ先に浮かんだ懸念は、大須本町本社の建物にある瓦のこと。これまでに、それに目を留めた人はどれほどいらっしゃるでしょう。

お店のロゴである擬宝珠が描かれた軒丸瓦。おそらく特注でつくられたものでしょう。店先には庇が張り出していて、入店するときには瓦はすっかり見えません。しかし、建物から数歩離れて上を見やると、2階、3階の窓の上にもかわいい瓦が並んでいます。

本社の建物を解体するということは、この瓦もここには存在しなくなるということ。いつか製造販売が再開されるそのときに備えて、瓦だけどこかで保管していてくれたら良いな…と個人的には願っていますが、外壁もろとも瓦礫と化してしまう可能性も十分あるでしょう。

納屋橋まんじゅうが味わえなくなるニュースの裏で、大須のまちの景色の一部をなしていた瓦がひとつ消えてゆく。その寂しさをひとり噛み締めています。

写真/ジェイ、小林優太、脇田佑希子

脇田 佑希子

愛知県海部郡生まれ。なんちゃって理系のサイエンティスト+編集屋+瓦を追うひと。暇さえあれば軒丸瓦を探しにまちへ繰り出すおさんぽ好き。まちに埋もれたお宝を、人それぞれに発掘できるような“仕掛け”を創りたいと日々思案を重ねている。
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