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大ナゴヤノート.
2019年04月03日

ありがとう中日ビル。まちの人の感謝の気持ちと歩く

閉館を迎えた中日ビルを大ナゴヤノート.のエディター3人で歩いてきました。それぞれが見つめた中日ビルの姿をみっつの記事で掲載します(他の記事へのリンクはこの記事の最後にも)。

2019年3月31日、53年の歴史に幕を下ろした中日ビル。

名古屋の人なら誰でも知っている、栄を象徴するビルのひとつ。

でも、53年という長い時間の中で、ここで、誰が、どう過ごしてきたのか、

中日ビルよりも20歳ほど若い僕はほとんど知りませんでした。

 

「ありがとうございました」「ありがとう」…

53年分の感謝の気持ちが、中日ビルがまちにとってどんな場所だったのか教えてくれます。

来館者向けに用意されたメッセージボードで見つけた言葉と一緒に、中日ビルを歩いてみました。

 

「ビアガーデンなつかしい!!ありがとう」

「オープニングイベントで、屋上でワイルド・ワンズ(グループサウンズ)のライブがあり、これが初めてのライブ体験でした」

「中日ビルの回転レストランは子供の頃の一番の思い出です」

 

ビアガーデンでジョッキ片手に仲間とワイワイ過ごした。

回転レストランで家族や恋人と食事した。

栄のまちを眺めながら過ごした楽しい思い出、そういえば僕にもあったなぁ。

「舞台の素晴らしさを教えてくれた中日劇場 私の青春でした」

「人生で初めての観劇が中日劇場でした。それから何回も何回も通いつめたなあ〜 思い出たくさんありがとう!」

「ここで初めて観たミュージカル レ・ミゼラブル 忘れがたいです。ありがとうございました!」

 

御園座、名鉄ホールと並んで「名古屋三座」として愛されてきた中日劇場。

ミュージカル、宝塚歌劇、舞踊など、文化に触れる場所はいつもここだったという人もいたでしょう。

中日劇場で目にした役者に憧れて夢を見つけたという声も。将来を左右するほど素敵な舞台だったんでしょうね。この赤い椅子で一度舞台を観てみたかった。

「出来て間もない頃 中日パレスで結婚式をしました。懐かしいです。もうすぐ金婚式です。ありがとう!」

「中日パレスで結婚式。記念日には回転レストラン来てました。よき思い出ありがとう!」

「中日パレスのチャペルで演奏させていただいたのが良い思い出です。中日ビルさん ありがとうございました!」

 

過去の写真展示の中には、タキシードとウェディングドレスで、1階エントランスのエスカレーターを上がる新郎新婦の写真も飾られていました。

人生の大切な瞬間が中日ビルとともにあった人もいたんですね。

「中日文化センターで学べて良かったです。ありがとうございました!」

「文化センターも食事も観劇もいっぱいの思い出ありがとう!!」

 

パソコンが登場した頃は、会社帰りに使い方を学ぶ場でもあったそうですよ。

うれしかったり、楽しかったり、感動したり。十人十色の思い出が詰まった中日ビルが、たくさんの人に大切にされてきたことに気づく、ありがとうを見つける時間でした。

あなたにとって中日ビルはどんな場所でしょう?

改めてみんなで「ありがとう」の気持ちと一緒にさよならしたい。

そして、新しく生まれる中日ビルも、みんなで大切にできる場所になったらいいなと思います。

 
▼その他のエディターが見つめた中日ビルの姿はこちら

小林優太

小林優太

愛知県あま市出身。キャッチフレーズは「あま市と歴史とラッコを愛す」。普段は、コピーライターだったり、大学講師だったり、まちづくりに関わる人だったり。大ナゴヤ大学では、2012年からボランティアスタッフ、授業コーディネーターなどで活動。
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