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大ナゴヤノート.
2021年02月17日

「武将」好き、「国語」好きにオススメしたい龍照院。「観音さま」とまちをめぐるvol.5

「観音さま」とまちをめぐるこのシリーズ。前回までに笠寺、甚目寺、荒子、龍泉寺と4つの観音さまへ足を運びました。名古屋城を守護する「尾張四観音」をコンプリートし、2021年は有名な観音さまから知る人ぞ知るローカルな観音さままで、幅広く回ってみたいなと考えています。

今回は、海部郡蟹江町の「蟹江山常楽寺龍照院」をご紹介します。昨年11月末に開催したオープンノート.「うえを向いて歩こう。瓦さんぽ@蟹江町」で最後に訪れたスポットでした。
蟹江川沿いに位置し、静かで厳かな雰囲気の境内。実は一歩足を踏み入れた瞬間に、「あれ?なんか見覚えが…」と過去の記憶が蘇ってきました。「何年も前、ここで高砂部屋の朝稽古を見たような…」。
後々調べてみると、やっぱり大相撲名古屋場所の時期には高砂部屋の力士たちが寝泊まりしていたよう。友人に誘われて見学に出かけたときの思い出でした。ご縁があるものですね。今でも宿舎になっているのでしょうか。

案内によれば、奈良時代の733年(天平5年)創建。行基菩薩が十一面観世音菩薩を本尊に奉安したとされます。その後、一時は没落期があったのか、1182年(寿永元年)に武将・木曾義仲によって再興されたとの記述が。現在の本尊である十一面観世音は、その際に仏師僧・教円によってつくられたそうです。本尊は、境内奥の宝物庫に納められ、国の重要文化財に指定されています。

ここで注目したいのは、木曾義仲の名前です!武将好きな私としては、このつながりは見逃せません。木曾義仲は、源頼朝や源義経のいとこにあたる源氏の一族。いとこでありながら、頼朝、義経との争いに敗れて1184年(寿永3年、元暦元年)に現在の滋賀県で生涯を閉じました。彼に仕えたとされる女性武者・巴御前との、死の目前の別れのシーンが『平家物語』に書き残されていることでも知られています。平家物語の一節「木曾の最期」は国語の教科書でも取り扱われていたのですが、「懐かしいなぁ」っていう方、いらっしゃいませんか?(ちょっとマニアックな話題で勝手にテンション上げてすみません/笑)

龍照院には、巴御前が安置したとされる大日如来坐像も。義仲と別れて信濃へと落ち延びる道中で、龍照院に立ち寄り坐像を残したと伝えられています。「武将」好き、「国語」好きな方は必見です。

上の写真は、隣接する冨吉建速神社・八社です。ユネスコ無形文化遺産に指定されている「須成祭」は、こちらの神社の祭礼として毎年8月に行われるもの。蟹江川を渡ると、須成祭について詳しく知ることができる観光交流センター「祭人」も目の前にあります。龍照院とあわせてのぞいてみるのがオススメ。

思いがけない素敵な発見があるのは、まちの「観音さま」の魅力だと思います。オススメの「観音さま」情報もぜひ教えてください。

写真/小林優太
参考/蟹江町観光協会Webサイト

小林優太

小林優太

愛知県あま市出身。キャッチフレーズは「あま市と歴史とラッコを愛す」。普段は、コピーライターだったり、大学講師だったり、まちづくりに関わる人だったり。大ナゴヤ大学では、2012年からボランティアスタッフ、授業コーディネーターなどで活動。
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