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大ナゴヤノート.
2023年10月18日

“瓦を追うひと”を追って見えてきたまちの文化
-瓦さんぽ@中川区戸田を振り返って-

ひとつ前の記事「まちの見方を真似すると2023」は、読者の方にも身近な場所で瓦を探して文章を書いてもらうという企画でした。その実施に先立って、読者の方に瓦の魅力・見方を知ってもらおうと開催したのが瓦さんぽ@中川区戸田です。案内人は大ナゴヤノート.が誇る瓦女子エディターの脇田さん。脇田さんは私にとって、大ナゴヤノート.の活動を通じて師匠のような存在ともなっているので、この記事では“師匠”と記させてもらいます。

戸田での瓦さんぽに私も参加していました。師匠の瓦さんぽに参加するのははじめてではありませんでしたが、このエリアははじめて。醸造業がさかんな地域でもあったとのことなので、個人的には、ひょっとしたら商業的な特性を反映した瓦があるかもと期待しながら臨みました。どんな瓦に出会い、どんな発見があったか、少し振り返りたいと思います。

まつりのまちの神社と鳥居

戸田地区では毎年秋に「戸田まつり」が開催されます。大ナゴヤノート.でも、風景印の記事の中で戸田まつりの山車が描かれた風景印を紹介しました。まず訪れたのは、その山車がある八幡神社。

師匠は境内に入るとき、車止めのチェーンの前で立ち止まり礼をしました。それを見た私もとっさに礼を。すぐにはわかりませんでしたが、この神社には鳥居がありません。どうやらまつりの際に山車が出入りできるように鳥居がないのだとか。てっきり鳥居は神社にとってなくてはならないものだと思い込んでいたので驚きです。
戸田まつりに関わる他の神社では、鳥居を拝殿に寄せている例もみられました(記事冒頭の集合写真の背景を確認してみてください)。これも山車に配慮した工夫なのかもしれませんね。

瓦のつくり手から明かされる意外な事実

神社や寺院には家の家紋と同じようにそれぞれ固有の神紋や寺紋があり、瓦に描かれていることもあります。神社の神紋としては、皇室の紋章でもある菊紋や桐紋が多いそうですが、こちらの鈴之宮社はというと…

左半分が桐、右半分が菊の紋様になっています。よくある紋を半分ずつ使った左右非対称の紋入り瓦は、なんだかカッコいいと感じる私。
ところで、今回の瓦さんぽには瓦職人の方も参加していました。その方によると、こうした特注品は作成にかなり手間がかかり、量産品の3〜4倍の価格になるとのこと。私なら節約のために、既製品を選ぶのに…。そこまでこだわったデザインに、この瓦を発注した人の想いを感じました。

醸造のまちを見守る瓦?

五之割神明社では、社殿の屋根に人型の瓦が見え、師匠が「あれ、なんだかわかる人いますか」と投げかけました。

「うーん、なんだろう」。建物の周りをグルグルと回りながら角度を変えて見てみたり、カメラで撮影して画像を拡大したり、いろんな方法でこの像を観察する皆さん。一方、私は「鍾馗(しょうき)、大黒天、多聞天」と、知っている神様の名前を次々に口にしてみました。が、いずれも不正解に沈み…。

これは、おそらく「猩々(しょうじょう)」ですね。名古屋で猩々というと、緑区とか南区あたりのおまつりに出てくる人型のアレを思い浮かべる人が多いと思いますが、これも猩々。
といいつつ、私も最初はこの正体がわからなくて。SNSに投稿したら「猩々では」というコメントをもらって、なるほどとなりました。猩々の特徴は、大きな盃や、柄杓を持っていること。この瓦の手元を見ると、持っているのは笠のようにも見えるけど、盃といわれれば盃っぽいし、背中に柄杓らしきものも担いでいますよね。

Webで画像検索してみると、師匠のいうとおり、盃や柄杓を持った猩々が出てきます。お酒好きの妖怪だという猩々。この辺りが醸造業のさかんな地域だったから醸造の成功を願って据えられたのかな、との想像も浮かびました。

謎の建物を瓦がむすぶ

「ここからが今回の一番の見せ場かもしれない」という師匠が指さす方向にあったのは、蔵らしき建物。軒丸瓦には桜と思われる花が描かれています。

その建物を背にして、師匠に連れられて少し歩くと、趣を感じる重厚な建物がもうひとつ目の前に現れました。

こちら、ざっと見回しても看板などはないので謎の建物ですが、なんだか独特な雰囲気を放っていて存在感がありますよね。瓦はいろいろ凝ったものがあって、建物の前にはお地蔵さまもいて。すぐ裏は先ほどお邪魔したお寺なので、この建物も裏のお寺が所有されている建物なのかなぁなんて思っていました。
ところが、1年ぐらい前にここを通りがかったときに、玄関先に看板らしきものがかかっているのが目に入ったのです。それをよく見ると、「櫻味淋醸造」って書いてあって――

師匠がここまで話したところで、エディターのひとりから「あっ、それで“桜”!」との声が。

そう!先に言われちゃった(笑)
ここが「櫻味淋」だとわかったうえでさっきの蔵の桜の軒丸瓦を見返すと、あの蔵はこの櫻味淋の蔵なのでは、と思えてきますよね。
お寺のものかと思われた建物が醸造業を営んでいた建物だというのも意外な発見でしたが、向かいの蔵の謎も解けました。その鍵となったのはあの桜の瓦。まさに点と点が線でつながる感覚ですね。こういうところも瓦の面白みじゃないかなと。

なんて推理力なのでしょう。いつものことながら、師匠の洞察力には脱帽です。

願いが込められた瓦

師匠のいう“いろいろ凝った”瓦にはどんなものがあったか、その一部を紹介しましょう。

桜味淋醸造の建物には、このような飾り瓦がいくつも載っていました。それらを前に「見てピンと来た人いますか」と言いながらタブレットを取り出す師匠。なにやら図柄の一覧が載った画面を提示されました。

上の大きいのが宝珠で、手前についているのが七宝、その横に見えるのが丁子(ちょうじ)ですよね。

タブレット上の一覧画像と、この瓦のパーツ一つひとつを見比べると、確かにそれぞれ一致しているように見えます。

これは「宝尽くし」と呼ばれる、縁起の良いお宝の図柄の集合体ですね。着物などの柄にも使われているらしいので、身近なところでも探してみると「あっ、宝尽くしだ」と見つかると思いますよ。

宝尽くし、知りませんでした。しかしその後、思いがけず宝尽くしと再会することに。あるところで見かけた掛け軸の表装に散りばめられていたのです。私も見つけることができました。

<参考:宝尽くしの一覧が載っているサイトの一例>
日本の吉祥文様 『宝尽くし』

続いてこちら。私ははじめ、なにかのマークかと思いました。実は「水」の字がデザインされた瓦なのだとか。瓦にはよく、防火を願って「水」の字が刻まれたり水に関するモチーフが表現されていたりするとのこと。ここでちょっと思い浮かんだことを師匠にぶつけてみました。「商品がみりんですから、液体と『水』をかけているんじゃないですか」

水とアルコールは別物だわ(笑)
ただ、酒蔵・醸造蔵に関しては、私は前から予想していることがあるのよね。酒蔵ってアルコールを扱っているでしょ。ということは燃えやすいじゃん?だから、もし火災が起きても延焼しにくいように、屋根材には瓦を積極的に使おうという向きがあったんじゃなかろうかと。その予想を証明してくれている文献がないか探してもいるけど、今のところ見当たらない…。

かつての消火設備では、アルコールのある場所で火が燃え広がるのを防ぐのは困難を極めたでしょう。そこで燃えにくい瓦を使ったのではという仮説は納得感があります。まだ見ぬ文献がいつかあらわれることを信じて待ちたいと思います。


まちあるきの最後に、みんなで感想や自分なりに楽しめたポイントを共有しました。「瓦ってこんなにいろんな種類があるんだ」と驚く小学生や「このエリアってなにもないところだと思っていたけど、たくさんの見どころがあるんですね」と新しい発見をした人。瓦職人さんからは「こんなふうに瓦を楽しむ人たちがいると知れて良かった」とのコメントが聞けました。

これまで何度も師匠の瓦さんぽに参加してきましたが、それでも新たな気づきがあるのは、師匠の考察が回を重ねるごとに進化しているからでしょうか。私自身も、以前は瓦をただの工業製品としか見ていなかったのに、今では師匠の影響を受け、瓦は静かな語り手みたいなものだと思うようになりました。その建物をどのように見るのか、案内板がなくても瓦をヒントにいろいろな想像を膨らませています。時代の流れや地域の特徴、それぞれの瓦を選んだ人の想いをより深くくみとれたら、まちの面白さは何倍にもなるはず。これからももっと瓦を楽しむ知識や洞察力を身につけていきたいです。

(写真:大ナゴヤノート.編集チーム、文章協力:脇田佑希子)

ジェイ

大阪府生まれ。小学生で神奈川県へ。東京の大学を卒業し、就職後、名古屋へ配属される。子どもの頃から引っ越しを繰り返し、地元愛を感じられる場所を持たないため、愛知を地元にすべく、大ナゴヤ大学のボランティアスタッフとして活動中。
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